『今度のフランス(パリ)での講習会は、私、太田が行ないます。』と宣言して、・・・・・・・ついにその日がやって来た。
2007年 4月3日、11時25分  成田発 ANA205便パリ行き。   
当初、上林が同行する事で準備していたが、就職の関係で急きょ、取りやめとなり、私ひとりで行く事になった。
この便に乗る為には、当日の朝に松本を出発したのではあまりにも余裕が無い。
そこで前日、紘武館に泊まる事にし、相談した所、先生の都合も付き、夜の九時半、道場に着いた。
早速、いつものお決まりのコースで、まずビールから・・・・・
そして、話は変わって、フランスの稽古内容になり、
その結論は
『今までの教え方は少々、テクニックに偏り過ぎた』『命を懸けている前提が無い』という事になった。
『フランスの講習では、技の解説を行なうつもりはありません』と私は答えた。
『教え方は太田に任す。思った様にやってこい』と言われ、日付が変わった所で寝る事になった。
翌朝、(正確には当日の朝)、ビール付きの朝食を松村先生とふたりで済ませ、7時半に道場を出て
成田に向かった。
 
4月3日(火)午後4時40分(現地時間)パリ到着。 
パリ・ドゴール空港には、レニエ、ブレズ他、ピータゲス、ビョドの計4名が迎えに来てくれた。
早速、ブレズの車で今回の本拠地・レニエ邸へ。ブレズの車は先日届いたばかりという、ワーゲンの新車。
車で思い出した。
この時、仕事で来られなかったシャンタールの車はベンツ6000ccの2ドア。
座席を目一杯、前に出してハンドルを抱き抱える様に運転している。お蔭で後ろのスペースが広い。
ヒュンダイの車が壊れたのでこれを最近買ったとの事。・・・横道にそれた。
レニエ邸へ着き、早々、スケジュールの確認。
今から、フランス紘武杖道会名誉会長のジャンク ロ-ドさんと会食。レストランを予約してある。
『寝かしてくれよ。・・・・・』と思いつつ、渋々承諾。
明日(4日)は、レニエ。ブレズ。私の3人だけで一日稽古。
5日、6日は、フランス紘武杖道会の古伝の稽古。
7日、午後、剣道連盟杖道の形の講習(基本から)
8日、午前剣道連盟杖道の形の講習。午後、試合。
9日、午前剣道連盟杖道の形の講習。午後、審査。
今の体調を考えるとマラソンをするより大変に感じた。・・・・・・長いな〜。
 
荷物を下ろし、一通りの確認と整理をして、疲れた身体にムチを打って会食の為、パリ市内に出かけた。
会食場所には、仕事を終えたシャンタールが待っていて、私たちが着くとしばらくして名誉会長の
ジャンク ロ-ドさんが姿を現した。仕事の都合(出張)で今日しか都合が着かないとの事。
空港に出迎えたメンバーと合わせて 計8名で会食。
店はレニエが選んだ・・・ゲテモノの店。「豚の鼻・足・レバ・???の煮込み」がメインディシュ。
和やかな会食を終えてレニエ邸に帰った。
既に日付が変わっていた。飛行機で少しウトウトしただけで24時間以上起きている勘定になる。
そして就寝。
夜は、1時間おきに目が覚めたが、それなりに眠れた。思ったより、目覚めがよい。
朝食は私がつくった。・・・・『レニエさん・シャンタールさん朝食のご用意が出来ました。』
以後、帰国まで朝晩、私の日課となった。
 
4日、レニエの道場、尚武館で レニエ、ブレズ、私の3人だけで入り口のドアを締め切って稽古が始まった。
実技の前に話しから・・・・
「出発前に、松村先生と話しをして確認してきた、日本にいる我々の反省である。
 今までの教え方は少々、テクニックに偏り過ぎた。命を懸けている前提が無いと確認してきた。」
「今回は技の説明、テクニックは教えるつもりは無い。稽古とは・・・を考えてもらいたい。」
「私の考えている事を全て出すつもりである」そして「今日の確認で3人の認識を合わせたい」
 
 その骨子は、
「まず、このふたりが『練習』と『稽古』の違いを再認識してもらいたい。
 道場に来るのは、神道夢想流を習いに集まってくるのはでは話しにならない。
     習う姿勢が有ればまだ可愛いが・・・ネ。」
・・・・ふたりとも・・・・??????
「君たち、ましてそのの弟子たちは手順を”なぞらえ”に来ているだけではないのか。
 『練習』と『稽古』の違いが分かるかな?」
・・・・ふたりとも・・・・??????
「『練習』は技を覚える事。現代風に言えばテクニックを身につける事。
 これは、大事である。満点の技を身につけている事は稽古する上で大前提となる。
 稽古する上では技は出来てあたりまえ。出来なかったら稽古にならない。
 『稽古』は昔を疑似体験する事である。武道では命を掛けた戦いを体験する事を意味する。
 その疑似体験の中で、身につけた技(満点と思っている技)を使う為には何が足りないか
 確認して反省して、又、稽古。
 稽古の『稽』の字には、「習うとか、教わるとか、練習する。」と言う意味は無い。
 広辞苑では、「比べて考える事。考え調べる事」と書いてある。
 今一度、稽古の意味を考えてもらいたい。」
 
 そして、『太刀落』の形
「君たちは、構える為に進み、構える為に構えていないか。
 構える時に、太刀は杖を受ける用意をして、その準備でいっぱいではないか。
 杖は、回り込んで打つ準備とそのタイミングだけを計っているではないか。
 太刀に、切る気が全く無い。ふたりで手順の先だけをなぞらえている。
 ・・・この様なものは練習でも稽古でも無い。」
「本当に切る気で進んできた太刀を止めて、清眼に構え直させる。
 ・・・どれだけ大変な事か分かるか?
 杖の気迫と心構え・変化への対応・・・ “完璧な構え直しとは“ を考えて形をした事があるか。」
 
「太刀、清眼/杖、右逆手の構え・・・切る気がみなぎった太刀を逆手打、用意で体を左に外した時、
 太刀は前にのめり込む様な気持ちを味わったことがあるか。」
「そして太刀は外された杖に改めて向かい合う。外された杖に改めて太刀の攻撃体制が整った瞬間、
 杖が回り込んで太刀を打ったら、太刀は先程の様な受けが出来るわけがない。」
「この手順と理合は太刀落を教わった時、丁寧に説明されたし、その後も手を替え”、”品を替え”何回も説明を受け、
教わった筈だ。」
「今の様に、実際に切ったり、当てたりしなければ気がつかない。・・・・
但し、この様な事はお互いの信頼関係が無ければ、ただの喧嘩にしかならない。
  『稽古』は自分で戦いの場と状況を設定して、その場の心境を含め全てに嘘をつかずに行なうもので
人に教わるものでは無い。更に、その結果を自分で素直に反省する事が出来なければ意味が無い。」
 「この様な稽古は、2本もやればヘトヘトになるはず。
  稽古は他人に教わるものでなく、自分でするものである。・・・・」
 
二人はやっと分かった。・・・・・イヤ、理解はした様である。
 
「明日からの古伝の稽古会はこの事を分かってもらう稽古会としたい。」
「紘武杖道会は、乙藤先生から教わった古伝の技を習得し、稽古して使える様にてして、それを伝承する為の会であり、
組織である。
稽古が出来なければ、会が存続する意味がない。稽古が出来なければ伝承は出来ない。」
 
更に付け加え、
「アメリカのハ−ヴィがあの身体で教えていて、その弟子はしっかりやっている。何故か分かるか?」
「私は、稽古の意味を理解して、形の理合を正確に教えているからだと思う。
そして、その為の努力と確認を怠っていない。
それは、先生とのコミュニケーションがしっかりしているかだ。と思う。・・・・その証拠を預かって来た。」
「いくら、『稽古をお願いします』と言われても、稽古の意味を知らない人に稽古は付けられないし、
まして、コミュニケーションが取れず好感が持てない人にアドバイスはしない。
『形の通りにやれば良い』の一言で終わり。・・・・事実、形はそう教えている。と私は思う」
この事を、レニエ、ブレズ と共に理解して、講習会の方向を確認した。
午後の稽古は 奥 “杖の取り合い”3本
相手に合わせて、後を追うと必ず遅れる。
相手の先を読んで、突っ掛けると相手が見えなくなる。
・・・・・・・・この事は分かった様である。
そして、仕は打より先に動いてはいけない。そして打に勝たねばならない。さあ、どうする。
・・・・・・教えて出来る事では無い。稽古して自分で掴んでほしい。
午後の稽古が終了。
 
 4月5日、6日、紘武杖道会の古伝の稽古。
この稽古会にはロシアからアレクセイとディミトリー、ベルギーからのピータゲス、3名を含め
パリ、マルセーユと合わせて 計25名が参加した。
 
「仕、打 交代無しで3本(太刀落、鍔割、着杖)をやって下さい」と私の指示で稽古会が始まった。
 その様子を受けて、まず、
昨日、レニエ、ブレズと確認した『練習』と『稽古』の違いを説明。
「君たちのやっているのは形ではない。ただの手順だけ」
「テクニックのコレクションを増やし、集めても何もならない」 「コレクターになりたいのか?」 
「太刀は、杖のツマではない」・・・・・・・「レニエ、刺身のツマの事だ。説明しろ。・・・」
「今回、私は、技の事、テクニックは教えない」・・・「稽古の仕方について考えて下さい」と言い渡した。
 そして、昨日の様に、
太刀が進んで来る所から斬る気がない事。合わせた時にお互いに相手を攻めていない事。
杖が抜いた特に太刀は斬ろうと思わない事。お互いの気の攻め合いをその外し方。
これら、手順を追って説明して、
「この様に、説明して ”やって見せる。” と、必ず決まって
太刀が杖の小手を切りに行くなどの、意地悪する人が出る。絶対に、やってはならない」
レニエにフランス語で念を押させて、各自、1本づつやらせた。
案の定、ダニエル・シャボが逆手でいっぱい取った杖の小手を切りに行った。・・・そこで大声で『ダメ!!』
「形から外れた事をやってはダメ。君は、杖が左にさばく事を知って待っていただろう。
 だからあの様に簡単に切れたのだ。自分に嘘を言って優越感にひたってはダメだ」
「先を知って、先回りしては稽古にならない。先回りしてやった気になるのが一番悪い事」
「この様なことが、稽古をしていないと言う事である。」
「先回りして、受けを取った格好をしても、受けの稽古にはならない。
 予測が無い所で受けられてはじめて、受けの稽古が出来る」
「受けを取ると言う事は、素早く攻撃体制を整える事、やられた格好で固まっていてどうする」
「技を掛けた杖も ”出来た。”と喜んで固まっていてどうする」
「太刀と杖が止まった瞬間は互角の攻撃体制が整っている時である。休んでいる時ではない」
「何回いわせるか。・・・私の番が終わって、貴方の番を待っていただろう。“私の番”、“貴方の番は”、形ではない」
「今、何をする為に動いたのか?」
「斬る気が無い太刀では、それに立ち向かう杖に心構えは養えない」
・・・・等々・・・、動きの一つ・一つ をいちいちチェックして行った。
 
3本目で、4月5日の午前終了・・・・皆少々、疲れ気味、・・・『3本も稽古すれば十分だろう。・・・はい。』
 
この様にして2日目、4月6日の午後まで表12本を行ない、
最後に私が太刀を持って、全員に『1本だけ全力で掛かって来い。』と稽古して、紘武杖道会の稽古会を終了した。
 
 参加した各位に本気で形を稽古する事の辛さと心地よさが少しでも分かってもらえたら、と期待している。
 
 4月6日、ようやく津田さんと連絡が取れ、夕食を一緒にする事になった。
津田さんは、
松村先生の友人で、京都市内で仕事をしている。その関係で京都大会では、毎年お世話になっている人である。
子供さんがロンドンにおり、子供さんに会いに来たついでにパリを観光している。との事。
バスティーユ・オペラの座前で待ち合わせ、
この日はフランスのゴールデンウイーク(日本の5月連休に当たる)5連休の初日。
どこのレストランも満席で、お目当ての牡蠣にありつけず、やむなくイタリアンレストランに入った。
しかし、ここが失敗。なぜか、パスタはやっていません。冷蔵庫が壊れビールが出せません。・・・・
それでも、客はいっぱい。ゴールデンウイークのお蔭のようだ。
レニエは津田さんと京都大会で面識も有り、お互いの近況報告。パリの事。家族の事。等々、話しがはずみ
時間を忘れ楽しい時を過ごした。
話の流れで、『明日は私の手料理でレニエ邸にて会食をしましょう』という事になり、再会を約束して分かれた。
 
 その夜、レニエ邸に帰宅後、約束した明日の会食の下ごしらえ。
鴨のムネ肉を鰹だし、醤油、みりん、砂糖で煮て、火が通る前で火を止めそのまま朝まで。
ジャガイモの皮をむき、昨日作ったヒラメの煮汁に放り込んで豚バラ肉を適当に入れて『肉ジャガ』。
牛タンを一本買って来てあった。千円程度・・・安かった。
この皮をむき、厚さ2cm程の輪切りにして6切れ取れた。これをオリーブオイルで軽くソテー、
トマトを細かく切り15個程、パプリカ、セロリを入れて、日本から持参した"クレージーソルト"に
バジルを足して醤油で味を整え、煮込んでメインディッシュの完成。
出来た!味見して・・・??!! 入れたパプリカが辛かった。あわてて箸でつまみ出すが細かく切った為 探し出せない。
味は、合格なのだが・・・舌への刺激を強すぎる。・・・・「しょうがないか」・・・・心の中で「すみません」。
この様な事を、帰宅後、小一時間して、就寝。
 
翌日の講習会終了後、津田さんを招いて6〜7人でホームパーティ。時間を忘れて時が過ぎて行った。
最後に、日本そばをゆでて、鴨のムネ肉を煮たのスープにつけてすすった。この美味かった事。・・・・
 
4月7日、午後から3日間、フランス剣道連盟主催の講習が始まる。
7日の午前が空いた。パリに何回か来ているが、まだ、ルーブル美術館に行ったことが無い。
「せめて、“ミロのヴィーナス”と“モナリザ”の本物が見たい」と、無理に頼んで連れて行ってもらった。
1〜2時間程度の唯一の観光であった。
 
7日、午後からの、剣道連盟杖道の講習にはベルギー、ロシア、スペイン、イタリア、ドイツ、オーストリア、ポーランド
からも参加者が有り、約100人程の講習生が集まった。
この日は、基本を日本剣道連盟杖道解説書に基づき、本に書いてある語句を確認しながら12本講習。
「この解説書に事細かに書かれています。この解説書に書かれた事を全て正確に行なう事は、大変な事です。」
「例えば、常の構えの足巾まで書いてあります」
「しかし、書かれてある事は、全てやって下さい。私も出来ない所、直しているつもりでも出来ていない所が随所有ります」
「この解説書に妥協と自分の都合を入れると、地域ごとに違った物が出来、共通の稽古・講習会が出来なくなります」
「本日は、私自身がこの解説書を再確認しながら説明していきます。皆さんもその意図を理解して各地に帰ってから
自分と、教え子を直して下さい」
「特に、杖のやや半身、真半身を正確に行なって下さい。太刀は正確に使って下さい」
翌、8日、9日は大きな体育館に場所を移して ”パリ杖道祭”の一環で行なわれた。
この日から、ヨーロッパ剣道連盟会長 アラン デカルメ氏が講習生として加わり、人数も130名を越えた。
8日、9日は昨日に引き続き、形12本を解説書に書いてある語句を確認しながら講習。
 
「この解説書に、こと細かに書かれています。この解説書に書かれた事を全て正確に行なう事は、大変な事ですが、
書かれてある事は、全てやって下さい。しかし、書かれていない事は決めつけないで下さい」
と念を押しながら進めていったが、
「乱留で太刀が胴を切って来て、杖が引落から逆手で顔面を制して八相に取る時、
顔の右を回すか、左を回すか・・・・・どちらですか? 」
「乱合で繰放された太刀の刃はどちらを向いていますか?」
『答えて下さい。』との質問が出た。いや、問い詰められた様に思えた。が、
「くり返しますが、書かれてある事は、全てやって下さい。しかし、書かれていないことは決めないで下さい」
「書かれてない事は、どんな先生の言う事でも、その先生個人の見解です。参考にするのは良いが、
指導する時は決めつけないで下さい。」
「ちなみに、
 八相に取る時は、 前回来た安部先生は右から取っていますし、私は左から取っています。
 繰放された太刀の刃は、私の場合、刃が外(後方)に向けて使っています。但し、古伝の時は別です。」
「解説と指導上の留意点、を基本、形、全てを再点検して書いてあることは全てやって下さい」
「書いて無いことの疑問は、今の質問の2件を含めても、後数える程しか無い筈です。」
「自分に都合の良い形を稽古するのでなく、共通の形を稽古する様に皆で努力しましょう」
「早い時期に、この解説本を確認する講習会ではなく、稽古出来る講習会になって頂きたい」
と結んで講習会を終了した。
 
                                                                                                                                                          (4月8日、午後、試合終了後の集合写真)
 
 尚、フランスでは全日本剣道連盟杖道の解説書がすでに翻訳されており
日本と同様、『解説』と『指導上の留意点』を左右の見開きに書かれ、無料で指導者に配られていた。
今回の講習会でこの翻訳本の確認(誤訳の有無)が出来た。これを十分に読み直し稽古に役立てほしい。
 講習会終了後、
真っ先にヨーロッパ剣道連盟会長アラン デカルメ氏が私の所に一人で来られて、笑顔で握手を求められた。
この時、回りに誰もいなかった為、会話出来ずに笑顔でお返しした。が、今までの疲れが一気に取れた気がした。
9日講習会終了後、引き続き昇段審査が行なわれ、今回の私の役目が全て終了した。
 フランス剣道連盟主催の講習会では出来るだけ解説書に忠実に講習をしたつもりである。
解説書の存在と必要性を再認識して頂けたら幸いである。・・・手応えは有った。・・・・
フランスの今後に期待する所である。
 最終日、サヨナラ・パーティ終了後、レニエ邸でゆっくり食事と思い、食材を買って、早々に帰宅。
夕食の下ごしらえをして、『ちょっと休む』と言って横になって目が覚めたら、午前2時。
レニエには悪い事をしてしまった。12時過ぎまで私の起きるのを待っていた様である。
 翌、10日、近くの店で日本への土産の買い物をして、レニエ邸隣のポルトガルのおじさんとワインで一杯。
 
パリ発20時のANA206便で帰国の途についた。