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ニューヨーク九日間 西川 忠邦 平成19年1月6日(土)寒雨 昨夜9時に寝る12時に目が覚める。また眠れない、そのままベッドで我慢した。寝た7時に起きる。やっと7時間の睡眠が取れたジェットラグ解消とまではまだ行かないが、紐育(ニューヨーク)9日間を書くことにする。 2006年12月24日(日)晴(初日) 朝5時35分中央大学明星大学、多摩モノレール駅を出て、新宿7時7分発成田エクスプレスで8時30分成田空港第2ターミナルに到着。JALカウンターにてEチケット取得しチェックイン意外なスムーズで時間待ち2時間30分となる。11時30分成田空港搭乗口66より飛行し12時間30分後、ニューヨークJFK空港に着陸する。入国手続きもIMMIGRATION(入国審査)で私が機内タダ酒に酔い適当に書いた入国カードを書直し、追加箇所を教えてくれる。無言で「通れ」到着口の外にハーヴェイ先生とスティーブ・ルイスの顔が見える。紐育(ニューヨーク)時間10時30分、8年振りに遙々来ました。予想外に暑い、駐車場から出ようとしたが、支払口のマシンが故障し出られない。 早速ニューヨークスタイルの歓迎を受ける。11時30分ハーヴェイ邸に着、スティーブ・ルイスからTシャツとウイスキーのプレゼント有り。荷を解き懐かしのバックヤードで一服す、赤色の木製テーブルと同じく木製長椅子、白の鉄製チェアー4脚、バーベキュウ用の肉焼き器、吊り下げられた三角錐の鉄鐘、幅10メートル奥行き20メートル奥に物置小屋1軒、その横に1本の林檎の木、翌日タバコを吸っていると栗鼠の歓迎を受ける。木製テーブルの上には直径15センチ白のキャンドル1本、ガラスカバーが掛けられている。その横に重厚な石器の灰皿が置いてある。横15センチ縦14センチ高さ9センチ重さ3キロはあろうか、表面にはarabesque(アラベスク模様)が彫られている。ランチに行こうということになりフレンチレストランでキノコのオムレツと赤ワインを食す。モンティの新しい空手道場へ行き、明日から使う武具を引き取る。モンティはこのニュー道場そしてベビー誕生その他で今回の杖の稽古会には参加出来ない残念。 South Street Sea Portへ観光、初めてニューヨークの地下鉄に乗る。今日はクリスマスイブ、サンタクロースに出会う、大きなクリスマストゥリーに(高さ20メートル)赤のベレー帽赤のマフラーそしてグリーンのマントの衣装男女合唱団31名がその大きなクリスマストゥリーの前に、お雛様の人形のように三角錐の壇上に積み重なる。最下位7名2段目6名3段目6名4段目5名5段目4名6段目2名7段目1名まるで木に飾られたサンタのお人形のようになって、大合唱が始まった。視線を一段目から順に上げ更に上げるとそこは高層ビルが立ち並ぶ摩天楼。ウォール街が控えている。その迫力ある大合唱を背で聞きながら道路一つ渡れば、ここは観光スポットのサウス・ストゥリート・スイー・ポートである。埠頭には海上タクシー乗り場、帆掛け舟、洒落たレストランバー、レストランの外カフェテリアでは中年のカップルがシャンパンボトルを冷やしながら談笑し、大勢の人が夕陽と眼前に拡がる大運河、摩天楼の渓谷から脱出した開放感を楽しんでいる。眼上遥かブルックリンブリッジ、その又向こう側にマンハッタンブリッジが威風堂々と覆いかぶさる。対岸はブルックリンである。ブルースカイに斜光の夕陽が目を射る。かもめが飛んで海風が煽りダウンコートの風帽が揺れる。各人各様で老若男女の表情が楽しそう、集団の民の国から個人の民の邦に来たことを思い知る、ビールが美味い。そこから歩きワールド・トレード・サイトへ9.11.ツインタワー跡地である。8年前にジョージの案内で津川と3人、ニューヨーク観光した時は天高く雲上に聳えていたツインタワーはもう無い。リトルイタリー、チャイナタウン、ブロードウエイでミュージカル「レ・ミゼラブル」を見た時に途中で津川は熟睡、私たちが座る2階席最前列の横から舞台に目掛け兵士がライフルを発砲する「バーン・バーン・バーン」という銃声で津川が飛び起きた。19時イタリアンレストランでトマトパスタを食す。1人前が大盛でワインは良いがパスタでもう駄目。ブルックリンに戻り、ST(ストゥリート)84のクリスマスライトデコレーションの夜景を楽しむ。このST84はライトデコレーションで有名、日本人観光客の一団と遭遇する。集団の民はここまで来ても集団也。ハーヴェイ宅に帰り、スティーブ・ ルイス持参のプルケンタッキイXOバーボン107Proof53.5%でナイトキャップ。『メリークリスマス』!! 12月25日(月)陰晴陰後雨(二日目) 4時に起きる。喉が痛む、東京を出る時も風邪が少し残っていたので薬を飲む。寝汗もかく、後で分かるがヒーターが利き過ぎていた。再度うとうとして7時30分洗顔、ハーヴェイ先生も起きてくる。今日は10時頃から1時までハーヴェイ先生、スティーブ・ルイスと私の3人で稽古予定。朝食はスティーブが作ったトマト、ピーマン入りオムレツとベーグルパンにオレンジジュースそしてコーヒー。 10時5分に元モンティの空手道場に着く、今は合気道の道場になっている。後から来るコリーヌ先生の弟子、ジャック・ソテ Jacques Sautet、コパ・ジャン・ルイCoppa Jean Louisのフランス人2名とポーランドからグレゴーゼGrzegorzと妻のカシアKasia2名はこの道場に宿泊する。60畳の畳道場、更衣室、シャワーバスルーム有り。 ランチはチャイニーズレストランで豆腐ヌードルを食す。アルコールが無いので外からハーヴェイ先生がビールを買ってくる。ビール持込OKです。台湾ヌードルはどうも味と感触が馴染めない。醤油と調味料を入れて味を濃くし誤魔化す。2時30分に一旦ハーヴェイ邸に帰る。 ショートホープを買って来るのを忘れてしまった。前回は成田の免税店で2カートン買い持参したが、成田でアメリカに行く方はライター、マッチは機内に持ち込めないという掲示看板を見てそれどころではなくなった。ニューヨークではタバコは吸えないのだなあと癒鬱に沈んだ。来て見たら東京より楽であった。ハーヴェイ先生がキャメルロングサイズを買って来てくれた。これが案外いける、道で吸うのは全然OKなのであります。 新宿では歩き煙草は罰金2000円を取られますが、こちらは老若男女皆歩きタバコです。ロングコートで金髪を靡かせ銜えタバコで颯爽と歩き、ポンッと路上に投げ捨てる。これが紐育スタイルです。レストランでも途中で「エキスキューズ」と言って外に出て吸えば良いのですから問題なし。行き交う人々を眺めていると、「メリークリスマス」と声を掛けられる。私も「メリークリスマス」と声を返しながらの一服は悪いはずがありません。 サブウエイFトレインで15stから47−50stここがあの高名なるロックフェラーセンターBIG X’mas Tree、驟雨されど傘差す人誰も見ず。大変な人出、新宿歌舞伎町か、浅草観音様の大晦日の晩の如し。CATHEDRAL OF ST. PATRICK キャテドロール オブ ST パトリック ニューヨーク カトリックチャーチ本部に入る。 創玄厳粛なる建築物である。ハーヴェイ先生がヤングレディから声を掛けられる。非常に親しい間柄に見える。しかしその娘さん何処かで見たような気がする。ハーヴェイ先生がジョージの長女だと言う。そうかジョージが私の家に泊まった時に家族写真を置いていった。私は写真でお会いしているのである。ジョージはクリスマスホリディで家族と共にニューヨークのお姉さんの所に泊まっているのですが、なぜ娘さんだけがここにいるのでしょうか? チャーチから出て少し歩き、WALDORF ASTORIA
HOTELに行く。このウオルドフ アストリア ホテルは1泊$400ドルから泊まれます。スティーブはこのホテルに仕事の関係で泊まっていましたので良く知っています。バーがあるから行こうというのです。落ち着きのあるカウンターで私とスティーブはDRY MARTINIをハーヴェイ先生はAPPLE MARTINIを飲む。今回のニューヨークではこの後にもマティニーを飲むことになりますが、私は1種類のドライマティニーしか知りません。ジンかウオッカベースかいずれにしてもドライマティニーです。マティニーの種類はそんなものではないことを教えられることになります。このお値段は1杯$14ドルです。甘露甘露。 ホテルを出て驟雨のなか傘も差さずに歩いて(ニューヨーカーはアンブレラを差しません)GRAND CENTRAL
STATIONに着きました。比較対照が貧弱ですが、東京駅とか上野駅と思って頂ければ良いのです。貧弱と言ったのは規模の大きさだけではないのです。これも後からイヤと言うほど思い知らされる古いものを重視する。伝統を大切に今の生活がそこに入り込んでいるということです。唯の見せ物、博物館ではないのです。博物館の中で生活しているようなものなのです。近代的モダンビルでは東京も負けてはいないでしょう。しかし、この重厚な石の建物の重さ、渋さ、時、漂う本物の雰囲気には勝てません。 一旦ハーヴェイ邸に帰り、雨に晒された衣服と身体を拭いてからデイナーに行く。 Magnolia
Restaurant & Bar 中は暗くブルックリンらしい小さなレストランで、カウンター10名程度、テェーブル20脚、イタリア料理がベース。ハーヴェイ先生にカウンターに座っていた客からすぐ声が掛かった。「イヤーハーヴェイ元気かい」「勿論だよ」バテンダーも仲間入り3人で楽しそうに早口のブルックリン訛で会話は弾む。ハーヴェイ先生ブルックリン生まれの60年のキャリアである。グラマラスなウエイトレスが注文を取りに来た。メニューを見ながらいろいろ質問その解答が永遠と続く、質疑応答5分経過後私にはRIBS(リブス)が良いということになった。ハーヴェイ先生によると「多分牛肉の脇腹骨付だろう」と説明してくれた。予想通り縦15cm×横20cm×厚さ3cm骨付肉魂2枚、下には厚さ2cmのマッシュポテト蒲団が引かれている。Calamariという烏賊のフライが柔らかい。シュエルカクテルの海老ボイルも赤ワインで食す。1本目はオーストラリア産、2本目はスペイン産を飲す。食後のデザーはカウンターに移り、粋なバーテンダーが作るマティニー、中折れハットの前のツバを上にあげ被り顔は痩せ浅黒く精悍半袖Tシャツから二の腕の彫物が見え隠れ、歯をニョォキと出して早口のやや甲高い声で本日のスペシャルマティニーと言って『スペシャルクリスマスマティニー』を作ってくれる。ハーヴェイ先生とは15年の付合いだそうだ。淡いホワイトクリスマスの味である。2杯目は『エクスプレッソマティニー』エクスプレスとは急行という意味3種類のウオッカ、シングルエクスプレッソウオッカ、ダブルエクスプレッソウオッカ、グレグース・フレンチウオッカを調酒する。こちらのカクテルグラスは日本のお子様ランチ用ではない。直径10cmは優に超える円錐形脚付である。コーヒー味カカオフイズをあっさりストロングにした舌触り甘露甘露。 追伸 紐育ではレストランで煙草は吸えない。これ日本の常識であるが、詳細は後日ご迷惑が掛かるといけないので記さないが、日本の常識は紐育の非常識とだけ記する。 12時ハーヴェイ宅に帰り、ナイトキャップは勿論スティーブ持参のPure Kentuckyで締める。『グッドナイト』!! 12月26日(火)晴(3日目) 私の荷物が少ないので、ハーヴェイ先生は驚いていたが道衣上2着、袴1本、帯1本、手拭4本、下着4セット、靴下4足、Tシャツ半袖3枚、長袖1枚、パジャマ上下1枚、作務衣上下1着、日本酒2リットル2本、羅臼昆布だし6本、餅10個、醤油ミニボトル、ポン酢ミニボトル、小型ビデオ1台をスーツケースとボストンバックに収納した。しかし、これでも多すぎた。未使用が道衣上1着、下着2セット、靴下2足、手拭2本と半分で済んだ。それはスティーブが毎日洗濯をしてくれたからである。 朝食を済ませ一休み、10時から12時までハーヴェイ先生とスティーブと私の3名で稽古。スティーブはフランス人達をケネディ空港に迎えに行く。私とハーヴェイ先生はマンハッタンまでドライブする。「ブルックリンブリッジとマンハッタンブリッジのどちらを通りたいか?」と尋ねられ「勿論ブルックリンブリッジ」と何故だか分らないが答えた。 ニューヨーク合気会に行き、菅野先生に会いご挨拶をする。菅野先生とは初対面で、穏やかな紳士である。クリスマスホリディも新年も稽古があり近くオーストラリアにも行くとお忙しい。ランチはニューヨーク合気会の近くのレストランでハーヴェイ先生推薦のビールとハンバーガーを食す。大男のウエイターが焼き具合を聞いてきた「ミディアムレアー」と答える。ハンバーガーで焼き具合を聞かれたのは初めて、ベーグル片半分にスイスチーズが乗っているのと巨大ハンバーグが乗っている片割れにポテトチップがお皿処狭しと鎮座する。デカイのです。これで1人前?ナイフホークを持ち見つめているとハーヴェイ先生が「2つを合わせ重ね上からプッシュしろ」と指導してくれる。言われた通りにして両手で持ちガブリと噛み付く肉が硬い、パンも堅固である。良く噛まざるをえない其のうち肉汁とスイスチーズが溶け合い旨味が出てきた。ポテトチップも残さず完食す。3時帰邸。洗濯物を出し、初めてシャワーを浴びる。2日間風邪を警戒して控えていたので気持ち良し。 3時40分、フランスのJacqucs Sautetジャック・ソテとCoppa Jean Louisコパ・ ジャン・ルイが到着する。ジャックとは昨年の9月紘武館30周年記念で来日した時に会っている。コパとは初対面である。アンソニーパーキンス系の美男子で吸い込まれそうな瞳と足長の長身、来日し紘武館に来たら女性軍のときめき必死。早速5時よりマンハッタンのダンススタジオに稽古会場を移し2時間、7時15分まで稽古する。稽古会場にはポーランドからのGrzegorzグレゴーゼと奥さんのKasiaカシア達も参加する。ハーヴェイ先生の弟子SandorサンドールとBijanビィジャンも加わりアメリカ4名、フランス2名、ポーランド2名、日本1名の10名で稽古する。 8時、ブルックリンに戻り夕食は寿司レストラン『芸道』ビールで乾杯、刺身に寿司、お吸い物で口直し、八海山と雪中寒梅をマスターオサムさんとハーヴェイ先生との親しい関係から店ではしていない特別に1升ボトルを取りデザートは河童巻きで閉める。店は白木カウターに15名、テーブルが15台以上はあろうか満員でいつも繁盛しているとのこと、20年のキャリア。ブルックリンで日本人が寿司をにぎって出す店はここだけ。寿司は旨く、酒もまた美味く、マスターがやっと手が空いたのでご挨拶をする。「ハーヴェイは先生が来ると興奮してましたよ」と言う。帰りにはお店のTシャツもプレゼントしてくれる。12時10分ハーヴェイ邸にヨーロパ組みも来てジャック・ソテがおみやげで私に持って来たPoire Willians La Cicogne梨がビンの中に入ってるフランス焼酎でボンサンテきれいに空になる。皆が帰った後ハーヴェイ先生と2人でいつものナイトキャップ2時に消灯。 12月27日(水)晴(4日目) 朝目覚め時計を見ると5時、3時間しか寝ていない。バックヤードに出て暗中一服す。昨日の朝稽古した後、道場隣の八百屋で買った生アンズを思い出し食べて再度ベッドへ。8時、ハーヴェイ先生起床。朝食トマトオムレツとオレンジと葡萄、ベーグルにコーヒーを食す。9時30分出て10時より1時まで元モンティ道場で稽古する。ハーヴェイ先生、スティーブ、ジャック、コパ、グレゴーゼ、カシア、サンドールと私の8名。 ハーヴェイ先生は上腕を使い過ぎる為、自分の力で左右に移動してしまう膝が堅い。 スティーブは打突の意識が強すぎる為、起こりが有り手首を早く決め過ぎ杖が軽い。 サンドールは打ち終わったあとが小さく固まる。本手打ちが出来る形になっていない。 ジャックは器用に纏めるが細かい部分の正確さに欠ける。繰りつけされた後に力む。 コパは手の使い方が低過ぎ手首が硬く低いので固まり動けない。足幅が狭い。 グレゴーゼは広井先生を上横に二廻り大きくしたような巨漢である。動きは早い、ま だ使い方が分かっていないので助かるが、将来杖の使い手になるだろう。 カシアは真面目に遣うが足幅が狭く、突っ立て使うので手だけの攻め氣が強い。 表業の稽古をするが小手を正確に取れる者なし、やはり古流は難しいか。 終了し近くのメキシコレストラン「ヌエボーメキシコ」に皆で行く。メキシコビールNegra Modelo味好し、それにタコスープがマッチする。トマトベースの赤色スープで蛸、 野菜がいろいろ入る。テーブルの上にサービス品で青唐辛子サルサバーディをビネガーと混ぜたもの。トマトとサルサの微塵切りとビネガーを混ぜたものとトテアチップ(ポテトチップではない)が置いてある。トテアチップをお好みの方に付けて食す。これが又ビールにマッチする。後で私がタコスープと言うと「ポルポスープ」だと訂正を受ける。スティーブはタコス1人前が3個これが又デカイを食し、グレゴーゼとカシアはボリートこれが凄くデカイを食すが、さすがにカシアは完食出来ず。一旦ハーヴェイ邸に帰り休す。 4時30分に邸を出るが途中でハーヴェイ先生車を止める「ブルックリンの古いハウスを見よう」と言う外は華氏温度30度、防寒衣風帽を目深に被る。辺り暮れて燈火あり、古い家並みが続く高級住宅街の巨木の並木道に怪しき男2人、廻り見渡しながら歩く。片や黒のジャンパーに黒の毛糸キャップ、片や黒のダウンコートに風帽を目深に被っている。其の内の1人が盛んに2階の窓を指差し、片割れがうなずく。「あの窓枠を見てください、150年は経っている」此の辺りは100年から150年の家が立ち並んでいるそうである。「えつ!そんなに古いの?」ハーヴェイ先生「あの窓を見ろ、この窓を見ろ」と歩くこと30分。ハーヴェイ先生は古い窓枠が好きなのであります。彼独自の美的感覚を持っている。自分で見つけなければ見つからない美、人から教わったものではない。仏像が好き、それも石彫刻には興味を示さない木製のみ。そして古いハウスそれも窓、窓枠、扉、壁、天井。そこに美を見つけ出す。私、腰の痛み足の冷えを感じつつも見ているうちに確かにその窓枠模様の妙に「カッコイイな」と言っている自分がおりました。「しかし、ガレージがないから皆道路に車を止めるのだろう」と一言言ったばかりに、「それならこっちへ来い」と違うSTに入ってしまったのです。そこには1階に背丈の高いアーチ型の大きな扉がある邸が並んでいます。「これは昔、馬車が入っていたんだよ。今は車さ」なるほど、馬車が入っていたのがガレージの始まりと御説尤も。本物を拝見させて戴く。プライベートな路があるから追歩しろとどんどん歩いて、両サイドに赤煉瓦の壁が並び鉄の格子扉を開けてプライベート路に入ります。「この路は通り抜け出来るのか」と聞きますと「たぶん駄目だろう」と回答あり、もうすでに暗夜の世界。怪しき老年の男2人が窓をじろじろ見ながらプライベート路を歩んで行き、そこは邸の脇に入ったのですから、ダイニングルームが立て長の窓から丸見え、ハーヴェイ先生今度は2階を指差し「あの天井は素晴らしい」と、見上げると白い壁と天井が交差する壁面が曲線を描きその始まり部と天井の間に唐草模様の彫刻が為されてオリエンタル神秘幽玄。暫し歩き、そして突き当りの鉄の格子扉をガチャガチャとその内の1人が開けようとしている。「うん、やっぱり駄目だ。戻ろう」来たプライベートロードを戻る2人、ポリスを呼ばれてもS&W38口径リボルバーを向けられ「フリーズ」と言われても文句は言えない。本物の伝統を垣間見るには、五體を張らなければならない事を体験す。 6時35分、イタリアンレストウランBAR TOTOに着、スティーブはヨーロッパ組を私達が25日に行った観光コースガイドをして、ここに7時に連れてくる。ここが又クラッシクスチロで先ほど教わった素晴らしい壁と天井模様である。西郷隆盛のような体格と風貌の太い眉のオーナーがカウンターで私達を迎え、ここでもハーヴェイ先生常連客の貫禄の態度である。冷切り痛む腰もアペリチィーフのパァスティスのダブル2杯目で漸く和みBrochetteとHumusに舌鼓打つころニューヨーク観光を満喫したヨーロッパ組とスティーブが遣って来た。3杯目のPastisで乾杯。パスタカルベナーラはガーリック&オリーブオイルでさらりとルージュのイタリアワインと仲が良い。ハーヴェイ先生が頼んだBroccolirabeを半分頂きパスタに混ぜ美味である。そこにハーヴェイ先生のガールフレンドCarolineが偶然か故意かしらねど出現する。座は一段と盛り上がり皆で乾杯。しかして何本かのワインが空く。全員無事ハーヴェイ邸に戻りグレゴーゼ持参のポーランドヴォッカの正式な飲み方のセミナーになる。 先ず用意するもの1)ショットグラス8個(私のは、グレゴーゼがプレゼントしてくれた陶器で日本のぐい呑みにそっくり)2)MALINOWY SYROP(ホアンボアーゼ) 3) WYBOROWA(グリーンソース ウイズ タバスコと書いてある) そしてグレゴーゼが@ポーランドヴォッカをグラスに注ぎ、AMALINOWY SYROP(ホアンボアーゼ)を慎重に少量入れ、Bグリーンタバスコを3滴ニトログリセリン露のごとく落とす。グラスは二色の波蘭国旗になる。全員静かにグラスを取る「今、波蘭」という名前ですとグレゴーゼが解説し、乾杯は『ナストロービィア』と言うことも教えら、そして一気に口の中に放り込むこと。暫し沈黙の後『ナストロービィア』グイっと・・・ 「幻想の味覚」とだけ記す。此の粛々たるセミナーは結局3回行われた。 12月28日(木)晴(5日目) 今日の夕食は私が鍋を作ることになる。ハーヴェイ先生は午前中仕事があるので外出す。8時にスティーブとサンドールが来る。稽古はハーヴェイ先生の仕事が終わる午後にし、2時から5時に元モンティ道場。7時から夕食になるので、午前中に鍋の材料を調達することにする。朝食は近くのレストランで取る。目玉焼き2個レアーとベーコンはウエルダンにコンガリ焼いてもらいポテトとベーグルとコーヒーこれもボリュームあり(全てが日本の2.5倍から3倍)完食す。目が慣れて来ると本来が大食漢の私、問題ない。サンドールはハンガリー人で最初はハンガリーでフランスのレニエ先生から、居合道と杖道を習ったという。朝食代は私のゲストだからと払ってくれる。一旦帰る。洗濯物をスティーブに出し一休みしてから買出しに行く。鶏水炊き風寄せ鍋10人前材料@豆腐6丁(こちらのはデカイと思うので)A鶏肉10ピースB白身魚3匹(冷蔵庫に3匹有り)C長葱適量D白菜大1ヶE緑野菜(春菊、水菜、等)F椎茸、しめじ適量Gうどん10玉 刺身(赤味まぐろ)適量。調味料(醤油1本、ポン酢1本、山葵1本)出し昆布は日本から持参あり、日本酒3升(冷蔵庫に2リットル2本あり)、ビール適量。 サンドールの車で3人、ブルックリンチャイナタウンのチャイニーズスーパーに向かう。 8年前に館長と来たことを思い出す。鍋材料は全部揃う、春菊、水菜は無いのでほうれん草にする。$32ドル。パクススロープの魚屋でまぐろ1.5kg$25ドル。ポン酢1本$3ドル、山葵1本$2ドル。ハーヴェイ先生から電話あり、「酒・ビールは買った」こちら合計$62ドル酒を含め$120ドル、御一人様$12ドルで準備万端整う。 喉が渇いたのでビールが飲みたく、車の中で飲もうと3本買いスティーブに栓抜きはあるかと聞くとOKというので車に乗り込み動き出したのでビールを開けてくれと言うと、困った顔をする。ニューヨークは車中とか歩きながらとか路上ではアルコールは飲めないのである。早く言ってよ。それなら買わなかったのに!意思疎通は難しい。つい東京のつもりで私はいるし、スティーブも私が車の中で飲むつもりとは思っていない。ハーヴェイ先生邸に帰ってから飲むと思ったのである。『分かっているだろう』は通じない。主語、述語、目的語をはっきりと言わなくてはならない。「私は、喉が渇いたので今すぐ車の中でビールが飲みたいのでビールを買う」と言えば、スティーブは「止めときなさい、車の中ではビールは飲めない。何処かビールが飲める処を探そう」と言ったに違いない。 稽古は予定通り2時から開始したがハーヴェイ先生が少し遅刻、車が故障したのである。サンドールが言う「先生アメリカの車を買っちゃ駄目ですよ。買うなら日本車です」それもそのはず、サンドールはトヨタカローラに乗っている。 ジャック、コパ、グレゴーゼ、カシア、スティーブ、サンドール、ハーヴェイ先生と私8名で稽古開始。Irving アーヴェィンとGeorge ジョージが来る。アーヴェインは2年前にアマドーと一緒に紘武館に来ている。ジョージはメリーランドからニューヨークの北、お姉さんの処に家族とクリスマスバケーションで来ている。奥さんと娘さん達の冷たい視線を掻い潜り稽古に来た。夕食は家族と一緒に食しなければいけないので、私の作る鍋は食べられないことを詫びて稽古後帰る。5時30分から鍋の準備、鶏は買ってきて直ぐに水に浸けて置いた。西野バレー団「重吉さん」直伝の水炊きのコツは『鶏は一晩水に浸けて置く』である。もう二十数年前に教わった直伝を使う。もう一つはチャイニーズスーパーで酢采と書いてある野菜の漬物を1袋買って来た。漬物が食べたくなっていたところ、一見して高菜漬けに似ていたのである。ビニール袋を切ると酢酸と漬物独特の凄まじい臭いがしたが、少し食すとこれが美味い。台湾製高菜漬けである。酢と塩のバランスが良く取れて軽い甘酢で塩加減が良い。日本の高菜は塩がキツイので戻しが難しい。それと防腐剤のせいか苦味がある勿論無添加のもあるが、当たり外れが大きい。これは袋から出し洗いもせず実に良い。外れだと厭なので1袋しか買わなかったこと後悔。 6時30分に皆来る。ハーヴェイ邸の琺瑯鍋が実力を発揮、まぐろ刺身、酢采、ビールで乾杯そして冷えた日本酒が続く、一鍋が終わったところにキャロラインがやって来る。昨夜鍋の話が出て招待したのである。二鍋目もグッドで、ポン酢の評判すこぶる宜しい。酢菜はあっと言う間に無くなった。買って来た日本酒も無くなり、ハーヴェイ先生に持ってきた純米酒を出す。最後はデザートと言ってうどんを鍋に入れる。うどんはズルズルッとノイズを出し一気に吸い上げ食すと伝授。 アメリカ人、フランス人、ポーランド人一斉にズルズルズルと大きなノイズを立てるがハーヴェイ先生の食べ方はまるで赤ん坊がうどん1本を吸い込むように可愛い食べ方。キャロラインは一生懸命吸えば吸うほど、うどんが口に入っていかない。爆笑の渦又渦で良き消化作用のデザートである。そしてラスト乾杯も無事終了。 ナイトキャップは勿論、ポーランドヴォッカにラズベリー微量、グリーンタバスコ3滴。キャロラインはヴォッカが呑めないというので、ハーヴェイ先生がCALVADOSを出してくる。度数は余り変わらないと思うが好みである。皆はショットグラスで私は例のぐい呑みで『ナストロービア』の大唱和。 12月29日(金)陰(6日目) サンドールが迎えに来る。ハーヴェイ先生の車は結局動かず、修理工場行きとなる。 10時から1時まで元モンティ道場で稽古する。ハーヴェイ先生、スティーブ、サンドール、オリビエ、ジャック、コパ、グレゴーゼ、カシアと私の9名。オリビエが来たので、道場が騒がしくなる。更衣室も賑やか、稽古中も甲高い気合が響く。これでフランス人が1人増えたが所属はアメリカ、ハーヴェイ先生の弟子である。これでヨーロッパ組との話しが楽になる。スティーブはフランス語を話すが、ツーと言えばカーとは行かない。時間を要す。国際連合の仕事をしているオリビエは回転が速く、私に分る英語、片言の日本語、と気転を利かすことが出来る。何より性格が陽気なラテンであることがこのような多国籍集団には欠かせない。 稽古も終わり昼食だが、私はどうしても昨日1袋しか買わなかった酢菜のことが悔やまれた。ハーヴェイ先生に「酢菜が気に入ったので再度買いたい」とお願いする。往復1時間かけスティーブとサンドールが一緒に行ってくれる。1袋50セントの酢菜を10ドル買う。20袋かなり重いがここの皆にあげても良し、東京のみやげも良しである。 ランチはモロッコレストランZEG、ラムシャンクとスープHARARAを食す。このニューヨークに来て『老木に花の咲かんが如し』、59歳にして初めてのことばかり也。モロッコ人の作る本物のモロッコ料理も初めてウエイトレスのモロッコ美人と話すのも初めてならば、益して映画・テレビでは見たことのある「トルコ式水煙草」HOOKAを吸う。 器は下に瓢箪のようなガラス容器に水が入っていてその上部のほうにタバコの葉、香料を詰める部分有り、それをホースのように長い煙菅で吸えば、煙草が一度その水を潜り抜けて口に到着し味わう。こう書くと時間が掛かるように思われるかもしれないが、そんなことはなく吸えばボコボコと水中を空気の玉が上がり面白いように口内に充満する。 味は一度水を潜ることにより不純物が水にろ過され軽いものになる。ストロベリーを香料に頼んだので苺味が少し加わっている。1回が10分から15分、ゆっくりとゆっくりと紫煙の時を過ごす。店の裏庭にはテーブル椅子が置かれ、HOOKA喫煙所になっている。トルコに行ったことのあるオリビエが先達になり、タバコを吸わないスティーブをはじめヨーロッパ組も代わる代わる試煙する。そのころジョージも厳しい家族のチェックをパスして遣って来た。これで選手は揃った後は30日31日の週末特別稽古会を殘すだけ。 ニューヨークに来る前にハーヴェイ先生から何処に行きたいかリクエストしてくれと訊かれ、特にはないが、何処か小さな美術館でも行ってワインを飲みながらのんびりしたいと返事をしといた。そしてこちらに来るとハーヴェイ先生は誠に困った顔をして「今はシーズンオフで小さな美術館は良い催しをやっていない」と頻りに恐縮している。「OK,OK何処でも別にいいよ」と言うと、俟ってましたとばかりにメトロポリタン美術館に連れて行ってくれたのです。『THE METROPOLITAN MUSEUM OF ART世界第2位、第1位巴里ルーブル美術館、第3位倫敦大英博物館』とオリビエがガイドしてくれます。メトロポリタン美術館前の路上に立った時、見上げれば古代ローマ神殿の柱、聖殿の如し巨大な風格と重圧感に圧倒される。東京国立博物館上野国立美術館も決して悪くはないが、この前に立っただけで迫り来る迫力は無い。 オリビエが日本語版、英語版、フランス語版のパンフレットを正面入ってすぐにある案内所の黒人女性からもらって来る。ハーヴェイ先生、ジョージ、スティーブ、オリビエと全員襟元とかジャケットの胸ポケットにブルー地Mと書かれた丸い直径2cmのバッチを付ける。私は丸首のセーター付ける処がないと言うと「ダメ付けないと捕まる」とスティーブが丸首に付けてくれ、オリビエがパンフレットを私に見せながら現在地はここ、こちらがエジプト、こちらがローマ、こちらが日本、ヨーロッパ絵画ならこちらと実に詳しい。何処から行くかと訊いてくる。メトロポリタン美術館の全部を見るには1ヶ月あっても足りないだろう。私たちは頑張っても3時間、絞らなくてはいけない。「エジプトと日本を見よう」オリビエを先頭に私たちは動きだした。ヨーロッパ組も着いているはずだが途中で会えたら奇遇である。何しろ我が貧文では表現不能のスケールと目の前の個室個室に立ち止まったら最後、時間はゼロになるだろう。エジプトのダム工事の為に沈んでしまうのでここに持ってきたというデンドゥール神殿、ナイル河をイメージした水辺に聖地の門、日本で言えば鳥居と神殿が設置されている。会場の広さ高さはそれだけで江戸川スポーツセンターの杖道で使う会場ぐらい、否もっと広い。この水辺、広大な空間、ライトアップされた聖地。静かな時が流れ癒される。日本を目指す、その道中に中世ヨーロッパの鎧兜数々、武器の数々、ジンギスカーン蒙古大将の正装の凛とした勇壮。鉄砲銃器の数々。これも立ち止まったら1日日が暮れる。木製の仏像があったところは、ハーヴェイ先生の眼が唯一輝いた。後は全く私へのお付き合いである。日本で印象に残るのは、やはり北斎の浮世絵。特に『川』である。 越すに越させぬ大井川、参勤交代の大名の奥方と姫君と腰元が人足に肩車され川の中程、あらぬ姿が妖艶で指導権は我にありと得意げな人足の顔。「何ならここで降ろしましょうか」とでもいましに言い出しそう。大阪は淀川の舟遊び芸者衆を舟に乗せ、三味線鼓に羽織の片袖脱いで贔屓の芸者と戯れる。江戸は隅田川に架かる木橋と富士の素朴にして雄大。すべて川が主役である。北斎はその主役を見事捉えている。東京にこんな木橋、富士山が見えたのか。ニューヨーカーに勝るとも劣らない日々をエンジョイした人達がいたのだ。最後も『川』で今回のメトロポリタン美術館を締めた。7時30分を過ぎたので、お腹が空いてきた。オリビエに最後に絵が見たい、見るものはお前に任すと言うと、アメリカに来てこれを見なくては一生の悔いと案内してくれたのが、縦5m×横20mはあろうか、ジョージ・ワシントンが2400人の兵士とボートに乗りDelaware川を渡っている絵である。ボート中央からやや前に星条旗を抱える兵士その前に大きく股を開き、前方を見つめ仁王立ちのジョージ・ワシントン。その周囲に12名の兵士が乗った小型の手漕ぎボートは満員である。他の兵士達も同じ様な小型ボートで対岸を目指している。川には氷塊が浮かびボートに向かってくる。それをオールで押し返す者、足で蹴散らす者。『アメリカ独立戦争』の厳しい戦いをイメージさせる。私の日記ノートに書いたものはお粗末、一度本物を見るべし。 |
![]() December 25-26.1776-on Chrismas
George Washington takes 2400 of his men and recrosses the Delaware River. |
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スティーブ、オリビエと別れ、私、ハーヴェイ先生とジョージでブロードウエイ散歩。レストランに入りビールとパスタ、ハンバーグで軽く腹ごしらえ。怖いことですがもう1人前を取っても残すとか、誰かの助け必要なし。 10時になったが、ジョージがもう一杯行こうということでバーに行く。今夜は私のおごりですからどんどん飲んでくださいとジョージが言うので「ごっつあんです」。
12月30日(土)晴(7日目) ハーヴェイ邸のルームメイトkarenとボーイフレンドのcolinがクリスマスホリディから帰ってくるので、私は1階の部屋から2階のハーヴェイ先生の部屋に、ハーヴェイ先生は娘さんの部屋へ。その隣の部屋にジョージが泊。 昨夜は12時過ぎに帰邸し、ハーヴェイ先生は30日に仕事があるので早いとすぐにベッドへ。私とジョージは28日の鍋の残りスープと材料を毎日継足した特別うどんを食しながらビール。ナイトキャップはまだジョージが飲んでいない、ポーランド式ヴォッカをしようという事になる。もうポーランドヴォッカは残っていないが、今度はジョージがHOLLAND(オランダ)のヴォッカを持参した。ラズベリーとグリーンタバスコは残り有り、私が慎重に調合する。乾杯の音頭はヴォッカ持参者に権利があるので、ジョージがスペイン語で『ARIBA』(Up)『ABAJO』(Dwon)『AL-CENTRO』 (To the senter)『ADENTRO』(In saide)「盃を上げろ 盃を下げろ 盃を中央に 盃を体内に!」で一気。 朝9時出る。マンハッタンのダンススタジオに向かう。10時稽古開始。 ハーヴェイ先生、ジョージ、スティーブ、サンドール、アービン、オリビエ、(亜米利加6名) ジャック、コパ、(仏蘭西2名) グレゴーゼ、カシア、(波蘭2名) 西川 (日本1名) 総勢11名 ここはダンススタジオコンクリートの上に木が張ってある。硬いクッションは無い。 三方壁面が全面鏡である。打太刀、仕杖ともに慎重になるから丁寧さが出て良い。そして何よりも自分の姿勢を見ようとすれば正面左右とチェック出来る。しかし、形が始まると 自分の姿は見えるものではない。第3者がそれを担わなければならい。私の役目である。 7日目になると怒鳴り過ぎて声が嗄れて来た。森進一とまでは行かないが可也ハスキーボイス也。 12時昼食、ここはチャイニーズタウンの内にあり全員チャイニーズレストラン味で評判のNAMSONに行く。円卓に座し青島ビールで乾杯、美味い荒れた喉に滲み通過する。 私は野菜ヌードルを注文、出てきた一口食す。強烈な経験無き香りに顔しかめる。隣のハーヴェイ先生が「ベトナムヌードルは駄目かと」心配そうに聞いてきた。「何だよ、チャイニーズレストランで無くてベトナムレストランなのか!」卓上にサービスの生もやしが置いてある。2pぐらいの日本の物より短いが食すと甘味がある。それと香菜もサービスである。「ヌードルの中に入れるが食べてはいけない」とジョージが教えてくれる。醤油、酢、辣油を入れ香菜にも慣れて完食す。28年前、若杉さんの後援で英国、西班牙、仏蘭西を約2ヶ月周遊し、合気道、剣道、空手、テコンドウの道場を見て廻った。倫敦のピカデリーサーカス(東京で言えば銀座)で「ラーメン有ります」と日本語で書かれた看板に釣られチャイニーズレストランに入りラーメンを注文して酷い目に遭ったことを思い出す。 いつも食している醤油味のラーメンが出てくると期待していたら、茶色の脂ぎったスープと紐のような麺の正しくヌードルが出てきたからだ。これは詐欺だと思った。 しかし、東京でも初めて入った店のラーメンを旨いと感じたことはない。行列の出来る有名店でもその味を経験していないので、旨いとは思わないのである。味は記憶で、何回かその味を経験してやっと記憶するようである。このベトナムレストランNAMSONの味は評判高いという、いつか又此処へ来て野菜ヌードルを食したら今度は味を経験しているので旨味を感じることが出来るだろう。 午後の稽古は2時から4時45分で終了す。一旦皆と別れ、ハーヴェイ先生と私をジョージが夕食の亜爾然丁レストラン「ナインハンドレッド」まで送ってくれる。ジョージの車はトヨタの高級車、全てオートマ「煙草を吸って下さい」と言ってくれたので窓を開けようとすると「大丈夫」と言い天井がスルスルと開く。お尻と背中が温かく気持ちよくなる。硬く厚い皮座席の中にヒーターが空調とは別に入っている。背もたれの角度、座席の位置変更も全てボタン一つ押せば動く。3日目、4日目で腰が張った今日は幾らか楽になったとはいえ疲れた腰、背には有難い。BGMが映画館のようなサウンドで身体を揺する。何処かで聞いたことがある「嗚呼!ラスト侍か」ジョージが「Yes.」と得意そう。水とチューインガムを私の席の横に置いてくれる。マンハッタンの夜景を見ながら一服、リッチな気分、ハーヴェイ先生が後ろの座席から「私の車でも煙草を吸って良いのだよ」と言ってくれましたが、ハーヴェイ先生の御車は只今修理工場に入院中ですし、窓を開けるのも、座席を移動させるのも全てオール手動であります。 ジョージは私達を亜爾然丁レストランまで送ると盛んに恐縮しながら奥さんと娘達のもとへ帰った。この「ナインハンドレッド」は世界の食通オリビエの顔の店で自信の推薦、オリビエは仕事柄世界各国を廻っている。そしてフランス人、飲食には煩い。 店に入るなりブルージーンズに黄色半袖Tシャツの胸元が張切れんばかりの赤毛、亜爾然丁美人のお出迎えで始まったデイナーはニューヨークに来て最高のものになる。 カウンターは15名、テーブルが40名は座れる。陽気な亜爾然丁音楽、ウエイトレス、 ウエイター、お客が全て亜爾然丁人ではなかろうか。ここはリトル亜爾然丁である。 私達が先ずはビールで喉を潤すと、スティーブ、ジャック、コパ、グレゴーゼ、カシア達が到着。皆で改め乾杯、オリビエも遣って来た。赤毛ちゃんが満面の笑顔で迎え抱擁を交わし、カンターに座っていた男性が立ち上がり抱擁を交わし、テーブルに座っていた男とも、ウエイターとも抱擁を交わすニューヨーク式挨拶である。ここはオリビエにお任せすることに、亜爾然丁と言えば世界第一の牛肉消化国、オリビエに「ステーキが食べたい。大きいのは困る、小さくて質の良いのが良い」と贅沢なる注文をする。「OK!」頼もしき回答。 献立 アペリチフ・・・MOJITO(モヒト) 赤ワイン1本目・・NORTON 〃 2本目・・ 〃 〃 3本目・・ 〃 前菜1品目 ・・PULPO 〃2品目 ・・GROUPER 〃3品目 ・・APETIZER 主菜 ・『FILET MIGNION』 『FILET MIGNION』解説 縦10cm×横10cm×厚さ10cm(私の握り拳より大)のステーキ也。 うまい!味がある肉である。ソース又これよし!!完食堪能為る。 亜爾然丁にも一度行ってみたいものである。この肉よもう一度。 食後、ちょっとプロムナード(散歩)はブロードウエイ。東京で言えば銀座四丁目から並木通りを米・仏・波蘭・日の8名御一行様の満腹ほろ酔い闊歩である。歩道両側には高級店が居並ぶ、女性軍為らずも魅惑的な商品の数々に瞳動く。その内に一軒の葉巻煙草専門店を発見した。ウインドウに一見で分かる高級葉巻煙草が陳列されている。「ワアーすげえ!」と思わず言うとオリビエが「OK.GO!」と言って中に誘導してくれ、「何が好きか」と早口に何種類かの有名ブランドを言うが、私はいつもフランスのレニエ先生が日本に来る時に御みやげに持って来てくれる「Fleur de Savane」CORONAしか知らない。 仏蘭西のものをと言いかけたが、その時チェーザレからプレゼントされた大変に珍しい葉巻を思いだした。長さ15cmから16cm、両サイドは直径1cmだがセンターに行くに従って太くなり中央部が1.5cmはあるであろう。その曲線と長さ、そして木の枝の様に硬いのである。机をゴンゴンと叩ける正しく木の枝なのである。そのぐらいに固く葉が巻かれている。名前は出てこなかったので、「メイドイン、イタリアで机を叩けるぐらいハードなやつは無いか」と店員に言うと「Ok.Come On」と奥の別室に案内された。 そこはまるで銀行の地下貸し金庫室のように小さな枠棚に葉巻がぎっしりと保管されている。葉巻は湿度が難しい、当然この部屋も湿度調整されている。店員はあたりをぐるりと見渡し左下の棚から1本の葉巻を手渡した。太さ2cm長さ15cm確かに固い。色は茶色というよりチョレート色、マークを見ると金縁スカイブルーのラベルにCADとヨーロッパ中世の盾が縦半分グリーンで縦半分レッド金縁、金文字で書いてあり、その横に同じく小さな盾と緑・白・赤の国旗が入っている。 中央大きな盾の下にFattoITALIAaManoと書かれている。 伊太利亜のものはこれしか置いて無いと言う「OK. オリビエ ペイ マネエイ」と言うと店員が変な顔をしていた。 チェーザレへのおみやげにしても良いと考えたが、ハーヴェイ邸に帰ってから眺めている内に私が吸いたくなった。チェーザレは煙草を止めて吸わないし、「ごめんチェーザレ、私が吸うことにする」チェーザレに貰った「ANTICO TOSCANO」(古代トスカーノ)と味比べそして紫煙の中に果たして何が浮かび騰がろうか。今、まだ吸っていない机の中で出番を待っている。何時吸おうかなあ。 12月31日(日)晴夜中雨(八日目) 明日はもう帰る日になってしまった。身体はさすがに疲れ喉が痛い、右手首に巨人達のダメージが残る。しかし他は別段無い一日はもつ昨夜もハーヴェイ先生とポーランド式ナイトキャップを行い12時半には寝たが3時20分に目が覚めた。煙草を吸いオレンジを食し、コーラと水を飲み、洗顔髭を剃る。この8日間3時間睡眠を通す。ジェットラグ(時差ボケ)なのか異常興奮なのか歳なのか不明。 7時30分ハーヴェイ先生が起きて来る。シャワーを浴びると言う、28日の鍋パーティの残スープにニンニク、トマト、白菜、ピーマンを継ぎ足し、うどんに付いていたダシを入れあの大量食材のエキスにプラスアロファーされた味は大変に良い。ラストの豆腐と卵はハーヴェイ先生がウエルダム1ヶ、私はレアー1ヶゆで、ビールで朝食。 マンハッタンダンススタジオで11時から15時まで稽古、15分休憩1回。15時30分から入門希望者4名が来るので、デモンストレーション。 一、表6本 打:ジャック 仕:サンドール 二、中段6本 打:スティーブ 仕:ハーヴェイ先生 三、影6本 打:西川 仕:ジョージ 参加者 ハーヴェイ先生、ジョージ、トニイ、スティーブ、アービン、サンドール、オリビエ、USA7、ジャック、コパFRANCE2、グレゴーゼ、カシアPOLAND2、西川JAPAN1. 計12. トニイが来てくれた。大病の手術跡が痛々しいがゆっくりと杖を再開するという。良かった。デモンストレーションも終了し最後は皆で記念写真、見学者4名が握手を求めて来る。 彼らがハーヴェイ門下生になることを望む。 16時40分から遅い昼食、ここはチャイナタウン少し歩きその中心にあるオリビエ推薦の今度は間違いなくチャイニーズレストラン。蟹、豚、海老、野菜、点心料理数々を皆で、ビールで乾杯。紹興酒は無いと言うので赤ワインで食す。何本かワインが空き、私がもう1本と言うとオリビエが「これはデイナーではない。これからデイナーが有る」と言う。 夕食は先日訪れた。寿司レストラン「芸道」で9時30分からの予定。一旦ハーヴェイ邸に帰り、明日の荷物を作る。ルームメイトのKarenとボーイフレンドのColinがクリスマスホリディから帰って来たので挨拶をする。 ラストナイト「さよならパーティ」を芸道で行う。ハーヴェイ先生の愛車は修理が終わり帰ってきたが、車で行くとハーヴェイ先生が呑めないのでカーサービスに電話するが今夜はニューイアーイブで何件かするが全部駄目。歩いてワンマイルぐらいで20分から30分だと簡単に言うので歩いて行くことになる。ハーヴェイ先生と2人で例の古邸が並ぶブルックリンの並木道を歩く。街灯は必要最小限の暗さが良い、雰囲気がある町である。半分ぐらい来たところでバス停があった。ハーヴェイ先生バスの時刻表を見て待っていた男に話しかける。「1,2分でバスが来るラッキー」と言う。初めてニューヨークのバスに乗る。 2ドルの小銭を自分で入れて乗るのが楽しい。9時に芸道に着く、満席で席待ちの人たちがドアの内側に立っているがどんどん中に入る。すぐに私達の席は確保された。 スティーブ、オリビエ、ジャック、コパ、グレゴーゼ、カシア達も現れた。刺身盛り合わせ、寿司、酒は雪中寒梅を一升瓶で取る。宴竹縄11時45分頃から異様な騒がしさになる。店の奥テーブルに年越し蕎麦が用意されている。プラスチックのラッパ、同じくハット(黄色、緑色、青色、赤色)山高帽子、セミシクルハット型有り。手で振り回すとギャーギャーとノイズをは発する鳴り子が何処からとも無く店中のお客さんが持ち被っている。テープが飛んでくるオリビエはそれを投げ返す。ジャックはシャンパンを7,8本持ってきている。良いものは私達用に残し冷やさせ他ををマスターにあげて来店の人達にお裾分けした。店の中央にあるテレビに合わせカウントダウンが始まった。25、24、23、22、21、20、19、・・15,14,13,12,・・4,3,2,1、 Happy New Year !ハッピーニューイヤー!Bonne Annee !シャンパンで乾杯!奇声!クラッカー!ラッパの音けたたましい!店の外に皆が出る花火が天高く打ち上げられている。隅田川花火大会は夏だが、ここでは大晦日の真夜中に打ち上げられる。花火を見ながら『新年あけましておめでとうございます』店内はカラオケ大会が始まり、ハーヴェイ先生・スティーブ・隣の席の日本人3人で肩を組み歌います。私もちょっと乗ったようであります。このような年越しはこれまた初めての経験でありました。何時に店を出たのか雨の降り出す中、全員で歩きハーヴェイ邸に帰る。ずぶ濡れで熱いシャワーが心地良い。湯上りはジョージが持ってきた和蘭ヴォッカでグレゴーゼが音頭とり波蘭式乾杯「ナストロービア」4時に再会を契り永いデイナーを終える。 皆を送り出しハーヴェイ先生と2人でナイトキャップを少し、5時寝床。 平成19年亥元旦 2007年1月1日(月)大雨 (九日目) 起床7時30分携帯の呼出し音が聞こえる。ベッドから手を伸ばし携帯を探すがすでに携帯は昨日のうちにバックに入れたから手探ししても見つかるはずがない習慣である。タッタッタッタ、タータ「ドナルド砂漠の旅」が鳴っている。私は携帯の目覚しのセットはしていない。変だなあと思いながら起きる。 ハーヴェイはすでにシャワーを浴びていた。「グッデゥモーニング センセイ」と殆ど寝ていないのに血色の良い顔で言う。 昨夜からの雨は激しさを増しJFK空港に向うハイウエイは水飛沫というよりは、波飛沫が車の両翼のように翼を広げ飛んで行く。ハーヴェイ先生が「話をしなくて御免なさいドライブに専念するから」と短く言うと確りとハンドルを両手平衡に握り前傾して不動。 順風満帆だった8日間、最後の最後に厭な予想が起きる。「フライト情報のラジオを聞いてくれ」すぐラジオのチャンネルを入れる。 |